なぜ、現況だけで土地の境界を決められないのか

― 長年使ってきた土地の範囲が、必ずしも筆界とは限りません ―

「昔から、この塀までがうちの土地だと思っていた」

「先代から何十年も使ってきたのだから、ここが境界ではないのですか」

「お隣の方も、この位置が境界だと認めています」

土地の境界について調査をしていると、このようなお話を伺うことがあります。

土地の所有者にとって、長年にわたり使用してきた土地の範囲は、大切なものです。

また、隣接する土地の所有者同士で確認した境界についても、尊重されるべき事情があります。

しかし、現在の土地の利用状況や、隣接する所有者同士の合意だけで、登記上の筆界を判断することにはリスクがあります。

それは、土地の筆界と、実際に所有・使用している範囲が、必ずしも一致しているとは限らないためです。

1.現地の塀や境界標が、必ずしも筆界を示しているとは限らない

土地の境界を調査する際、現地にある塀、擁壁、境界標、道路、水路などは、重要な手掛かりになります。

しかし、これらが存在するからといって、その位置が必ずしも登記上の筆界であるとは限りません。

例えば、塀や擁壁が土地の所有者同士の合意によって、筆界とは異なる位置に設置されていることがあります。

また、土地の利用上の都合によって、所有者が筆界を越えた範囲まで使用している場合も考えられます。

境界標についても同様です。

境界標は筆界を示す重要な資料となりますが、設置された経緯が不明であったり、過去に移動していたりする可能性もあります。

そのため、境界標が存在するという事実だけで、その位置を筆界と判断することはできません。

境界標がいつ、どのような根拠によって設置されたのか、過去の測量成果や登記資料と整合しているのかなどを確認する必要があります。

2.長年使用してきた範囲と筆界が異なることがある

土地の利用状況は、筆界を調査するうえで重要な資料の一つです。

特に、長年にわたって同じ範囲が使用されてきた場合には、その経緯を確認する必要があります。

しかし、長年使用してきたという事実だけで、その範囲が本来の筆界であったと判断することはできません。

土地の利用範囲が変わる理由には、さまざまなものがあります。

過去の所有者同士の合意によって使用範囲を変更した場合もあれば、境界の位置を誤って認識していた場合、あるいは土地の一部について取得時効が成立している場合も考えられます。

このような場合、現在の使用範囲が、土地の成立当時から存在していた筆界と一致していないことがあります。

例えば、長年の占有によって筆界を越えた部分の所有権を取得したとしても、それによって本来の筆界そのものが移動するわけではありません。

したがって、土地家屋調査士が筆界を調査する際には、現在の使用状況を大切な事実として確認しながらも、それとは別に、本来の筆界がどこにあるのかを検討する必要があります。

3.隣接する所有者同士が合意しても、筆界が移動するわけではない

土地の所有者同士が、土地を利用しやすくするために境界の位置を変更することに合意する場合があります。

こうした合意が有効に成立すること自体は、法律上問題のない場合があります。

しかし、その合意によって所有権の範囲が変更されたとしても、登記上の筆界そのものが移動するわけではありません。

土地の一部を売買したり、交換したりする場合には、必要に応じて分筆登記や所有権移転登記などを行い、権利関係を登記上も整理することが重要です。

ところが、実際には、所有者同士で土地の利用範囲を変更したものの、それに対応する登記手続きが行われないまま、長い年月が経過していることがあります。

当事者同士が健在で、お互いに事情を理解し、納得している間は、それでも問題が生じないかもしれません。

しかし、土地は長い年月にわたって引き継がれていくものです。

相続によって次の世代に引き継がれたり、売買によって所有者が変わったりした場合には、かつての所有者同士がどのような話し合いをしていたのか、新しい所有者には分からないことがあります。

その結果、ある日突然、隣接地の新しい所有者から、

「公図や過去の測量図を見ると、ここは本来こちらの土地ではないですか」

「この部分はうちの土地のはずなので、返してほしい」

といった主張がなされ、境界をめぐるトラブルに発展する可能性があります。

もちろん、公図や測量図に示された位置が、必ずしも正確な筆界を示しているとは限りません。また、過去の合意や土地の取得経緯によっては、現在の所有者に正当な所有権が認められる場合もあります。

しかし、そのような事情を証明するために、古い資料を調査したり、過去の経緯を確認したり、場合によっては裁判などの手続きが必要になったりすることも考えられます。

現在の所有者同士では何の問題もなくても、その状態が将来にわたって続くとは限らないのです。

だからこそ、土地の境界については、当事者同士の合意だけで済ませるのではなく、本来の筆界をできる限り明らかにし、所有権の範囲と異なる場合には、必要な登記手続きなどによって権利関係を整理しておくことが大切です。

当事者同士の合意が有効であることと、その位置が登記上の筆界であることは、別の問題なのです。

4.古い資料や既存の地積測量図との整合性も重要

土地の筆界を調査する際には、現在の現地状況だけでなく、過去の資料を確認する必要があります。

例えば、古い公図、地積測量図、登記記録、過去の測量成果、土地の沿革などです。

これらの資料を調査すると、現在の塀や境界標の位置と、過去の資料から推認される筆界の位置が一致しないことがあります。

また、過去に作成された地積測量図が存在する場合には、その図面も筆界を検討するうえで重要な資料となります。

ただし、既存の地積測量図が存在するからといって、その内容を無条件に正しいものとして取り扱えばよいわけでもありません。

図面が作成された時期や目的、当時の測量方法、使用された基準点、周辺土地との整合性などを確認する必要があります。

古い資料と現在の測量成果が一致しない場合には、その理由を慎重に検討しなければなりません。

土地家屋調査士が行う筆界の探索は、単に現在の土地を測量して線を引く仕事ではなく、さまざまな資料と現地の状況を照合し、客観的な根拠に基づいて本来の筆界を考察する仕事でもあります。

5.土地家屋調査士が現況に合わせて筆界を決められない理由

土地家屋調査士は、土地の境界に関する専門家ですが、所有者が希望する位置を自由に既存の筆界として決められるわけではありません。

筆界は、土地が登記上区画された際に形成された境界であり、現在の土地の利用状況や所有者同士の合意によって、当然に移動するものではないからです。

仮に、隣接する土地の所有者双方が、現在の塀の位置を境界とすることに合意していたとしても、その位置が本来の筆界であることを合理的に説明できなければ、土地家屋調査士がその位置を既存の筆界として取り扱うことはできません。

これは、土地の所有者が長年使用してきた範囲を否定するという意味ではありません。

また、所有者同士の合意を軽視するものでもありません。

「本来の筆界がどこにあるのか」という問題と、「実際にどこまでの土地を所有しているのか」という問題は、それぞれ別の観点から判断する必要があるのです。

土地家屋調査士は、依頼者の意向を十分に伺いながらも、筆界については客観的な資料と合理的な根拠に基づいて判断する必要があります。

6.筆界と所有権界が一致しない場合の解決方法

調査の結果、登記上の筆界と現在の所有権の範囲が一致していないことが判明した場合には、それぞれを区別して整理する必要があります。

まず、本来の筆界がどこにあるのかを、登記資料や現地の状況などから調査します。

そのうえで、筆界と異なる範囲について、誰が所有権を有しているのかを検討します。

当事者同士で合意できる場合には、土地の一部の売買、贈与、交換などによって権利関係を整理し、必要な分筆登記や所有権移転登記を行う方法があります。

一方、所有権の範囲について争いがある場合には、所有権確認訴訟などの民事上の手続きによって解決を図る方法も考えられます。

また、筆界そのものについて争いがある場合には、法務局の筆界特定制度や、裁判所の筆界確定訴訟などを利用する方法があります。

土地家屋調査士会が弁護士と連携して運営する境界問題に関するADRを利用し、話し合いによる解決を図る方法もあります。

なお、所有権確認訴訟などによって所有権の範囲が明らかになった場合でも、そのことによって、もともとの筆界が自動的に移動するわけではありません。

権利関係を登記上も整理する場合には、必要な分筆や所有権移転などの手続きを検討することになります。

7.将来の境界トラブルを防ぐために

土地の境界は、現地にある塀や境界標、長年の使用状況などから、一見すると明らかに思えることがあります。

しかし、現在の現地状況が、その土地の成立当時からの筆界を正しく示しているとは限りません。

また、隣接する所有者同士が境界について合意していても、その位置が登記上の筆界と一致しているとは限りません。

土地は、現在の所有者だけのものとして終わるわけではありません。

相続や売買によって、次の世代、新しい所有者へと引き継がれていきます。

今は隣接する所有者同士が納得していても、将来、同じ理解が引き継がれるとは限りません。

そのときになって、過去の合意内容が分からず、登記資料と現況の食い違いが問題となれば、解決には多くの時間や費用を要することもあります。

だからこそ、現在の利用状況や当事者同士の合意だけで境界を判断するのではなく、本来の筆界をできる限り明らかにし、必要に応じて所有権の範囲との関係を整理しておくことが大切です。

現況は筆界を探索するための重要な手掛かりですが、現況そのものが筆界を決めるわけではありません。

土地家屋調査士として、私はこの点を大切にしながら、一つひとつの資料と現地の状況を丁寧に調査し、客観的な根拠に基づいて筆界を探索するよう心掛けています。

とはいえ、明治の地租改正時に筆界が創設された際は、その当時の所有権界が筆界となりました。現在でも現況、すなわち所有権界で測量した通りの位置が筆界として支障ないことがほとんどです。

現在の所有者だけでなく、将来その土地を引き継ぐ方々にとっても、安心できる土地の境界であること。

そのためにも、筆界と所有権界を正しく理解し、必要な調査と手続きを行うことが重要だと考えています。


土地家屋調査士・行政書士 内野 成広

※本記事は、土地の筆界と現況の関係について一般的な考え方を解説したものです。個別の土地についての判断は、土地の沿革、登記資料、現地の状況、権利関係などによって異なります。